連載コラム『あんの中身はアズキでしょ』 | 栗原 靖子 …文

しょっぱなから二年以上前のことでスミマセンが、私宛てにカナダからメールが来た。J君からのメールだった。日本に遊びに行くことにしたから「先生、会いましょう」とのこと。J君といえば、7、8歳のあどけない顔が思い浮かぶ。どちらかといえば引っ込み思案の、図画工作が得意な少年だった。

十数年前の私はフリーの三流コピーライター兼書籍のレイアウターで、安定した収入確保のため、日本に駐在する韓国人のこどもに日本語の家庭教師もしていた。J君は韓国人で、当時中学生だった彼の兄ともども、別々に教えていた。あれから幾年、J君は19歳。カナダでの19歳は飲酒しても良い年齢。そう、成人である。あの子が? 信じられない!

そして彼が日本にやってきて、私たちは懐かしい再会を果たした、と書きたいところだが、実際にはお互い馴れるまでに時間を要した。だって、あどけなかった小学生が、頼りがいある青年となって目の前に現れたのである。そのうえ、たとえば彼がドアを開けると、あとに続く人のために押さえているといった、カナダでは当たり前、でも日本なら「あら、素敵!」と思わせるマナーを身に着けていた。
彼のほうはというと、私についてたくさんのエピソードを記憶しているのに、顔はまったく覚えていなかったという。今、一緒に歩いているチビの女性が本当に先生かと心配なのか、こんなことがありましたよねと確認するかのように昔話に花を咲かせつつ、観光地巡りをしたのだった。
鎌倉の銭洗弁天に行って、私が簡単にそこの説明をすると、彼がこんなことを言う。
「ここはギャングやマフィアがいっぱい来るでしょう?」
「なんで?」
「資金の洗浄ができるから。」
こんな面白いことも言えるようになったかと思いながら、J君もここでお金を洗いなさいよと言うと、円を洗ってもあと数日しか滞在しないからとキャッシュカードを洗うので、本当に笑ってしまった。

彼の成長ぶりを見ながら、ふと、昔のちょっとした事件を思い出した。紙製の手裏剣のことだ。彼にその時のことを尋ねても覚えていなかったので、私はこんなことがあったよと話したのだった。

その手裏剣は折り紙を何枚も使って美しく折り上げたものだった。彼は私に得意そうに見せながら、学校の友達から五百円で買ったのだと言った。美術センスのありそうな彼が魅了されたのは理解できるが、所詮こどもが作ったものでもある。
「先生は友達同士で売ったり買ったりするのはどうかと思うなあ」と言ったのだった。得意げだった彼はしゅんとしてしまった。
こども同士の売り買いについて、親に話しておいたほうが良いだろうか。私は親に言う前にまず、分別もあるお兄ちゃんのほうに話してみることにした。
「私がこどもの時は、めんこ遊びなど、相手のめんこをひっくり返して勝ったらもらえるというように、ゲームの上でもらったりあげたりしたわけ。売り買いはしなかったけど。」

するとお兄ちゃんの答えがふるっていたのである。「先生がこどもの時にしたのはギャンブルです。弟たちがしたのはビジネスだ。ギャンブルよりもビジネスを体験するほうが勉強になります。」
まさしく。妙に納得してしまったのだった。
「……そういえば、あなたのお兄さんは元気にしていますか?」
「はい、今、ソウルにいて、大学の医学部で勉強中です。」
あっぱれ兄弟のこれから先も楽しみである。

kurihara @ 6月 16, 2009

栗原靖子
プロモーショナル・マーケター。株式会社東京ナップ取締役。
東靖光の名でいけばな作家としても活動中。